冷たい小雨

今日は、病院にいかなけりゃ
車のブレーキ異常音が、ハンドルを右に切ったときに鳴る
なんかしら、気持ち悪い

帰りに東刈谷の握り一番で、酒を飲み寿司をつまんだ
ふと、右斜めまえのボックスに目をやると、瑠美ちゃんにそっくりの子がいた
こんなにそっくりな子をみたのははじめて、、
なんどもなんども目をそそいだ
相手も、なんとなくこっちを数回見ていた

でも、どう考えても明らかに違うはず、、、

2008年12月17日(水)・・・小雨・・・10℃~2℃

※創作ストーリー・続・美日々第25話~が有ったとしたら・・・第 2 6 話 『  感   激   』

※それでは、創作続編 ・第25話・・・・・ 『 それぞれの思惑  』 にひきつづき
※        創作続編 ・第26話・・・・・ 『  感     激  』 を、お届け致します。

Part 4、《 ミンチョル&ヨンスの・・・ 懐かしと 憧れの  Boston  !!!!!!  》

#ニューヨークJFK空港から、350kmほど(東京~名古屋位?)北へ離れたミンチョルが留学ホームスティしていたバークレー音大のあるアメリカ発祥の地、マサチューセッツ州の港町ボストンへと・・・移動飛行機はユナイテッドエクスプレスのフライトで、小型便しかないがプロペラではないし、比較的低空飛行のため景色もよく見え逆に軽快だ、二人は50分ほどで、ボストン・ローガン国際空港に到着した。

・わずか350キロの距離なら新幹線でビュ~っと行きたい感じですが、残念ながらアメリカの電車は日本ほど速いわけではなくって高速電車のアセラ・レジョナルとアセラ・エクスプレスの2つのサービスがあって、アセラ・エクスプレスを利用するとボストンとニューヨーク間は3時間半もかかって、最高速度は150マイルということですが、これでも日本の新幹線と比べるとまだまだという感じですから。

空港からはタクシーで、一路滞在予定のホテルに向った。。。
車窓から見えるボストンは、レンガ造りの建物、石畳など昔の面影を残し、風情ある町である。ニューヨークからおおよそ350キロ北に位置しているが、世界一の大都会であるニューヨークとは一転した味わいを見せてくれた。

クラシックな町並みといおうか、アメリカでありながらアメリカ的でない、ヨーロッパ的な光景がここかしこにみえる。街の中に古い教会が多く、空に突き刺すかのように尖った先の塔があちこちにそびえたっている。時代の新旧と、文化とが混在していることを感じた。

やがて、ザ・リッツ・カールトン・ボストン・コモンホテルに到着した。ここはチャーチル首相なども迎えた伝統と格式を誇るボストンのランドマーク的ホテルで、NYのセントラルパークと並ぶ、全米屈指の公園、ボストン・コモンを見下ろす事が出来る最高のロケーションに建つていて、先鋭のデザイナーが手掛けたコンテンポラリーなデザインで、今をときめく旬のホテルだ。さりげないけれど、とってもエレガントなエントランスで優雅な客室のインテリア、高速ブロードバンド対応などハード面も最高のグレードと、そして、肩の凝らないサービスで、一人一人をプリンスやプリンセス気分にしてくれる。

このホテルの場合は、12階がクラブ専用レベルになっていて、1Fのレセプションではなく、12Fの専用ラウンジでチェックインする場所になっていた。

部屋に案内され着替えも済み、シャワーも浴びてレストランでの食事を終えた後、部屋でくつろいでいた時

ミンチョルはブランデーグラスをかたむけながら、青春時代の4年間を過ごし住んで居たころを懐かしそうに思い出しながら、ヨンスに色んなことを話しはじめた。。。

「 ヨンスさん、このボストンってところはね~、17世紀にイギリスから宗教的な自由を求めて、メイフラワーII世号って舟に乗って渡ってきた清教徒(ピルグリム・ファーザーズ)たちが移民してきて、ボストンの南の『プリマス』というところに、やってきたのが始まりでね、地理的な条件から、次第にボストンに人が移住しだしてきて、17世紀の終わりころには一大都市となったそうなんだよ・・・その後イギリスの植民地として栄えたようだけどね・・・」

「 そのイギリスから独立するために、戦った歴史的な独立戦争の地で、アメリカの発祥の地としても有名なんだよ。今でもその発祥から独立までの足取りを街のいたるところで垣間見ることができるし、ボストンは大きく分けて4つの産業に支えられてるんだよ。学生、医療、ハイテク、観光産業なんだけど、全米でもチャールズ川って対岸の、ケンブリッジの街も合わせると、70近くの大学が集中していてさ、ハーバード大学やMIT(マサチューセッツ工科大)ななんかがあって、世界でも一番有数の大学が存在しているんだよ。それから、今でこそ西海岸の『シリコンバレー』が有名になっちゃてるけど、この東海岸では今でもボストンが中心となってハイテク産業が発展してるんだよ。」

ヨンスは  ミンチョルの話を  感心深げにうなずいて聞いていた。

「 それから、アメリカ入植当時の歴史的な建造物と近代的な高層ビル群とかが調和を奏でてる美しい街でさ、世界の四大美術館の一つだと言われてる「ボストン美術館」や世界屈指のオーケストラの「ボストン交響楽団」のホームホールであるんだよ。、ヨンスさんを連れて行くつもりなんだけど、シンフォニー・ホールもあるし、芸術の香りもすごく漂ってるんだ。」

ヨンスはミンチョルに連れて行ってもらえると聞き、心が弾んだ。

「 もともと湿地帯を含んだ半島だったらしくってね、日本の神戸のように100年以上も前に、半島部分を埋め立てによって今の形に作り上げちゃったもんだから、複雑な道やら坂道が多いところと、きれいに碁盤の目のように整備された地域とに分かれちゃっててさ、ボストンコモンとパブリックガーデンの間を走ってるチャールズ通りってところは、もともとは海だったらしいんだよ。それと赤い線は、ボストンの観光地を歩いて回れる『フリーダムトレイル』って目印なんだよ。」

何も分らないヨンスは、ただ懐かしそうに話し続けるミンチョルの想いを感じていた。。。

窓側に立って外を二人で眺めながら・・・

「 ほらっ あれっ あの真中に流れる川がBoston市と Cambridge市を分けるCharles River (チャールズ川)って川で、向こうのケンブリッジ側から見るボストンの景色は最高でさ、特に夜は川に夜景が写って最高にきれいなんだ。ここからでもきれいだろ!?」

「 それと、そこにみえるコモンってPARK(公園)はね、あえて"COMMON"(共有地)って言う言葉を使っている理由はさ、もともとが公園 としてできたわけじゃないからなんだよ。ボストンの・ダウンタウンの真ん中に、どーんとあってさ、あの緑の地域はアメリ カ最古の公園なんだよ。ボストニアンは、実は公園としてできたわけじゃなくってね、植民地時代 の、植民地市民が、おもにピューリタンのために購入した、もともと私有地の土地だったんだよ。50エーカー の敷地内にはね、セントラル墓地Central Burying Groundや種々のメモリアルがあるんだ。トレモ ント・ストリート沿いの観光案内所にはね、ガイドブックやパンフレット類がそろってて、さっき話した観光名所を表してる、赤い線で始まる、フリーダム・トレイルの出発点にもなっているんだよ。 」

ヨンスは  その道を  辿り歩いてみたい  衝動にからわれた   ミンチョルの青春の地だから
「 7月4日がアメリカ独立記念日だということは知ってるでしょ? 実は、ボストン・マラソンもこのアメリカ独立に由来してるんだよ。  」 

ニューイングランドと呼ばれるアメリカ北東部の6州が、アメリカ初期のおもかげを色濃く残してるのも、その中心都市マサチューセッツ州ボストンが、同じように、歴史という共通点を持った、日本の京都と姉妹都市を結んでいるわけもこれでうなずける。

「 それと、ボストンにあるハーバード大学は超エリート校でさ、アメリカ最古の大学としての伝統からか、6人もの合衆国大統領と、30人以上のノーベル賞受賞、30人以上のピュリッツアー賞受賞をを輩出しているんだよ   考えてみるとすごいことだよね    」

「 気候も 春、夏、秋、冬  と 四季があって   韓国に似てるしね    」

「 あぁ  ちょっと酔ったみたいだ    」
「 ヨンスさんも  疲れたでしょ   もぅ  寝ようか   」

「 ん~ン  あなたと   ず~っと一緒だから   つかれない   」

そう言いながら、ミンチョルはヨンスの手をとりベッドルームへと部屋をうつした。
二人の体が、光沢を放つベージュ色をしたキングサイズのベッドの中で、甘く絡み合っていた。。。。。
翌日、モーニングを終えコーヒーを飲んだ後二人は出かけた。。。
ミンチョルは、美術の好きなヨンスに、何よりも自分が学生時代に4年間住んでいた居たこの町と、かの有名な ボストニアン自慢の『ボストン美術館』を、生の自分の目で見させ、肌で感じさせ体感させて喜こばせたかったのだ。まず最初に今日は、美術館へと...

「 ヨンスさん  実は  僕はね  留学してた時でも  3回くらいしかここには来てなかったんだよ   」
「 今まで 美術品にはあんまり興味が無かったんだけど   」
「 僕にも  どうやら ヨンスさんのが  移ってしまったようだ    」

「 うフフフ   ホントに?   じゃ~  あやまらなくっちゃ  いけませんね   」   嬉しそうに笑いながら

入り口は正面と西側(ウエストウイング)の2つあって、電車で行くならば西側の方が便利なところだ。
広すぎもせずわりと落ち着いた感じで、見て回るには丁度いい大きさの美術館。常にボストン、及びボストン美術館を愛する人達に支えられてきたのが特徴の1つで、。オープン時には、35セントとか50セントとかの「貧者の一灯」が相次いだというのもうなずける。1981年には西側に日本美術を初め、アジア美術のセクションとして新館もオープンさせ、一層と面積が広くなった。さらに建物正面には馬に乗ったインディアンの銅像が建っていた。

「 館内の作品のほどんどは  人々からの貸し出しや  寄付によるものが多いんだよ    」
「 だから  作品の解説の所を見るとね  誰が寄付したのかが  よく解るようになっているんだ   」

「 ステキなはなしね   それこそ ほんとの芸術だわ   なかなか出来ないことだもの    」

「 ここはなんと言っても  見所は2Fの  Evans Wing  と呼ばれてる回廊なんだだよ   」

「 ヨーロッパの絵画が必見でさ、モネの”La Japonaise”(「日本衣装の女」)やら ”Water Lillies”(「睡蓮」)、ゴーギャンの大作 ”D'ou venons? Que sommes-nous? Ou allons-Nous?”(「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」)や、ルノワールの”Dance at Bugival”(「ブージヴァルの舞踏会」)などの絵は、知らない僕でも惹きつけられちゃうくらいだからね・・・  」

「 それから、かつて日本の岡倉天心という人が、ここで東洋美術研究をしていたとかで、日本絵画も充実しているんだよ。特に、浮世絵だとか、北斎、広重、歌麿の絵がまじかで見られるんだ。 ヨンスさんは浮世絵って興味ないのかな?  」

「 本で見たことはあるけど  なんか不思議な感じがしたわ  チョット  エロチックで   」  
館内の、天心園という日本庭園は絶賛の景観をみせていた。美術館の東洋美術部門における岡倉天心の功績を記念して作られたもののようで、例えば、浮世絵版画は7万点と、世界一の規模を誇ってて、陶磁器は6000点を数え、これは、古くからのボストンと日本との深い関係を象徴しているようだった。・・・二人はその状景を感心してみた。
ボストン美術館は日本美術のコレクションで有名で、日本刀なんかもたくさん展示してある。浮世絵も「名所江戸百景」がずいぶん集められていて、いちいち細かい解説がついている。「深川万年橋」の絵には、万年橋ブリッジの万年は、テンサウザンズイヤーズの意味で、橋の前景に亀が描かれているのは日本では亀はテンサウザンズイヤーズ生きる動物とされているからだ。
名古屋ボストン美術館が、名古屋市中区・金山総合駅のすぐ近くに1999年4月17日に開館しました。特色としては、ボストン美術館と姉妹館であること、ボストン美術館のコレクションの専用展示館であることです
西側入り口横には館内で一番大きいミュージアムショップがあって、記念品を売っていた。カレンダーやボストン美術館所蔵の美術品をモチーフにしたアクセサリー、スカーフなどが人気のようで、それぞれの箱の中には、そのアクセサリーやスカーフの基となった作品の説明も入れてくれ、館内の売店はファニエルホール・マーケットプレイス、コプレープレイスにもあるので、時間に余裕のない人はあせって買い物をする必要はないところなのだ。
ヨンスは食い入るように鑑賞した。。。
*ブージバルのダンス:「Dance at Bougival」 ピエール=A.ルノアール(1883)1882年より83年にかけての男女がダンスをする様子を描いたダンス3部作の1つで、「ブージバルのダンス」の後に描かれた他の2作品:「Dance in the City」と「Dance in the Country」はパリのオルセー美術館に所蔵されており、この作品の舞台となったブージバルは、パリ郊外にあるセーヌ川に面した小さな街で、青年時代のルノアールは仲間と踊ったり騒いだりを楽しんでいたらしい。モデルとなったのは、ルノアールの友人のロートとシュザンヌ=バラドン。シュザンヌは後に画家となって、ユトリロの母となることでも有名で、この絵のモデルとなった時は、わずか16才の若さで、 シュザンヌがかぶっている帽子の華やかな赤が、絵を見る者の視線をひきつけ、彼女の楽しそうな様子がさらに強調されていた。
:ヨンスには、2人の帽子、肩、ジュザンのドレスの裾・・・と多くの丸が効果的に使われていて、若い2人がダンスをしている躍動感が伝わってきた。 さらに奥の背景には、テーブルを囲んで談笑する人々が描かれていて、この絵がいっそう華やかになるように工夫がされていた。 テーマも色彩も鮮やかなこの作品は、見る者の心を健康的で楽しい気分にさせてくれるようだった。印象派の作品は、見えた物をそのまま描くのが特長なのだが、 ルノアールはこの絵の中に通常なら描かないような物までを、律儀に再現していた。ダンスをする2人の足下を見ると、何と煙草の吸い殻にゴミまでもが繊細に描かれていた! ・・・ヨンスは、感動していた。。。
*種をまく人:「The Sower」 ジャン=フランソワ=ミレー(1850)ミレーの友だちでボストン在住の画家でもあったウイリアム=ハントが、かなり早い時期にミレーの絵の価値に気付き、当時の、フランスでは一般的な絵の常識をくつがえし、どこにでもあるような農民の日常生活を描くミレーの絵に対して、あまり好意的ではなかった。。






そんな批評にとらわれず、ハントは60ドルで「種をまく人」を買い、この絵の最初のオーナーになった。その後、ハントが彼の友人クインシー=ショーに、ミレーを紹介したことが、現在のボストン美術館のミレーのコレクションにつながることとなり、 ショーは1872年にミレーのアトリエがあったバルビゾンを訪れてから、ミレーに多くの関心を寄せることとなる。最終的にはこの「種をまく人」を含めて、26点の油絵と27点のパステルという個人としては最大のコレクションを形成し、これらはボストン美術館に寄贈されることとなった。ボストン美術館に所属される多くのミレー作品の中でも、日本で最も有名なのが「種をまく人」だ。岩波文庫のトレードマークとしてもおなじみで 「落ち穂拾い」などと並んで 「種をまく人」はミレーの代表作であり、さらにこの作品がミレー人気を決定づけたといっても過言ではない。1850年代にミレーは四季をテーマとする作品を多く描くが、種をまく人」は同じ絵が2枚存在し、もう1枚は日本の山梨県立博物館にも所蔵されている。

:ヨンスは、種をまくのは春の光景で、生命の誕生への賛歌でもあり、さらに人体が作る対角線と、傾斜した大地によって構成されてる、簡潔な構図と力強いタッチ、後方で牛を使って耕している男性の躍動感、抒情的、牧歌的な雰囲気をただよわせながら、農民の様子を人間的な共感をこめている事を感じていた。。。

*我々はどこから来たのか?我々は何者なのか?我々はどこへ行くのか「Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?」原題はフランス語なんですが、ここでは英語で、 ポール=ゴーギャン(1897)この作品のタイトルともなっている3つの問いかけの答えはすべてこの絵の中にあり、 第1の質問:我々はどこから来たのか? の答えは右側にいる赤ちゃんに。 人間誰しも赤ちゃんとしてこの世に生を受けます。第2の質問:我々は何者なのか? の答えは中央にいる実を取ろうとしている男性に。 これはエデンの園に暮らしていたアダムが知恵の実を食べてしまったというエピソードに由来しているもので、知恵の実を取りながら人間の存在理由を問うている。 第3の質問:我々はどこへ行くのか? の答えは左端にいる老人に。 人間誰しも年老いてこの世から消えていく運命なのだということを表し、絵の左側後方には両手を上げた蒼い女神が描かれていた。これはタヒチ島の女神ヒナで、いいつたえによると復活・再生の力を持つと言われている。

:ヨンスは、この女神の右横をよ~く見ると、横顔だけを見せている女性が描かれていることに気付いた。この女性はゴーギャンの愛娘・アリーヌではないかとされている。ゴーギャンは、生きているうちには1枚も絵が売れず、家族からも見放されていた存在で、ただ1人娘のアリーヌだけが励ましの言葉を送っていて、ゴーギャンにとってそれだけが支えのようでした。ところがアリーヌが事故で亡くなってしまうという悲劇が起きてしまい、娘・アリーヌの復活を願ったゴーギャンが、復活・再生の女神ヒナの横に、娘によく似た女性を描いたとしても何の不思議もないな~と意味津々と感慨深げにみていた。。。

*ゴッホによるルーラン家の人々を描いた肖像画を観た・・・ジョセフ・ルーランは郵便配達夫であったが、ゴッホのアルル滞在中に変ることのない親切をした。 ルーランと彼の妻そして3人の子供達は、この時期のゴッホの肖像画に最も頻繁に登場したモデルだった。 革新的な肖像画は、その他の重要な肖像画と合わせて展示されていた。

*ミレーの『収穫者たちの小休止』と『種をまく人』、モネの『日本衣装の女』と『ルーアン大聖堂、日没』、ゴーギャンの『我々はどこから来たか、我々とは何者か、我々はどこへ行くのか』、ルノアールの『ブージヴァルの舞踏会』、セザンヌの『赤い肘かけ椅子のセザンヌ夫人』など、どれもボストン美術館を代表する傑作だ。真下のエバンス・ウイング 1階では、アメリカ絵画界の第一人者コープリーの作品が50点以上も、サージャント、ホイッスラー、ホッパー、レーン、カサットらの絵も豊富で。。。。。

*「I dreamed I could fly」の作品のタイトルで、天井を気持ちよさそうに男の人たちが飛んでいる。この一連の作品は美術館内にフレーザー庭園(入り口のテラスカフェ)が新しくオープンした記念として、空いているスペースにもっとアートを置こう!というキャンペーンの一環として設置されたもののようで、2階の、ガンドギャラリー付近の天井で見ることができた。

:ヨンスは、ストロボとフラッシュは禁止されているので使わずに、沢山の初めて生で見る有名な、絵画、美術品を食い入るように鑑賞、観察しつづけ、満喫堪能しながらカメラのシャッターを切り続けていた。。。
それからまた別の日に、こんどは古代の国々の造形美術を、スケッチをとりながらゆっくりと見て廻った。。。
*ヌビア美術:lvory inlays。何やら木でできたもので、動物の形でボタンのようでかわいい。それにしてもあれはペガサスでないのか?多分、奇妙な生き物。斑点のある生き物。ラクダ。ペガサス。ハチ。象、ラピスラズリ色のものいろいろ。鳥とかかばとか壁画の花など、ベットの足が動物の足だったり、アヒルの頭に豚の足を持つ装飾品など、石製、金で作られている指先カバー、爪も付いている、金の小物たち、コブラに鷹にヘビ、とっても小さいマントヒヒに天狗のような鳥。下は壺。骨壷かしら。とにかく色んな物に顔が付いていて、ブレスレットやかき混ぜ棒の飾りになったりする、ブレスレット、金太郎飴状態、でも微妙に表情が違うから不思議、同じ顔で首があったり無かったり・・・・・奇妙さを感じた。。。

*古代近東美術:胸をぐぁしっとつかんでる人達、くるりと変な鳥。狛犬でないのか?な犬。たれ目。 どーするアイフル~♪。 メトロポリタン美術館でも見た ボードゲーム。盤に穴が開いていて、犬型の楊枝?みたいなのを移動したり、飛び越えたりして遊ぶものと思われる・・・奇妙?

*エジプト埋葬遺品(ミイラ):犬と鳥と猿と鷹?のセットで意味を成すものらしい壺。いろんなミイラ。上から:dog(犬)、kitten(子猫)crocdie(?)ram(雄ヒツジ)cat(猫)ibis(トキの類)・・・不思議?

*ギリシャ美術:猿のなんか。うっきっき。毛並み模様付き。おかしい人たち。この耳が尖っていて、おっさん顔で丸出しで、尻尾がある人は、いろんな展示物の中で出没します。きっとそういう人が当時そこら中にいたんだ~・・・又々奇妙?

*エラトルリア美術:古代アメリカ美術:はりねずみ。「舌を通じて呪術師に魔術を伝える動物があらわされている」文化に意味のないものはない!・・・感服!?

*中国美術:あやしいおっさん。「もはやどれがどこまで間違っているかわからないほど間違っている人。一番の間違いは多分この人が唐三彩で出来ていること」悪魔らしい。青銅で出来た鳥。・・・やはり奇妙?

*エジプト美術と古代アメリカ:悲しい顔の棺の顔。なんだかしら。ねずみ?・・・わかんな~い???

二人には、古代の人の造りものは理解する事が難しかった・・・
次の日は、旧州庁舎に出かけた。。。
煉瓦づくりのボストン最古の建築物で、屋根にイングランドとスコットランドを象徴するライオンとユニコーンの像があるのでも分かるように、植民地時代の1713年に建てられ、高層ビルをバックに18世紀の建築が健在、というのがボストンのダウンタウンの風景だ、2階にはバルコニーがついていて1776年にはここから独立宣言が読み上げられたそうだ。

《  ががん、ががんががん、ががんががん、…   》

「  わっ!!     きゃ~!!!    」   何も知らないヨンスは驚き、ミンチョルに抱きついた

「 心配ないよ  ヨンスさん 建物の真下を 地下鉄が通ってので  電車が通ると建物が揺れるんだ   」
「 ここは  建物を持ち上げて  土台を敷いて   地下鉄を造ったんだよ   だから   」
「 だから   かなり浅いところを通っているんだよ    」  建物の中には振動計まで設置されていた
「 いろいろな所有者の手に渡ったあとで   博物館になっらしいんだ   」

「 そうだったの~  もぅ  ビックリしたわ~  地震かと思っちゃった   」

州庁舎から市役所の前に出て、ファヌエル・ホールからジョン・F高速道路をくぐると、ノースエンドと呼ばれる地域に来た。この辺りはボストンでも古くからある街で、独立の英雄だというポール=リビアの家や、白い塔をもつオールド・ノース教会などの史蹟があった。

アメリカの街にしては狭い道路の両側に、煉瓦づくりの家々が立ち並んでいる光景は、ヨーロッパの古い街を思わせた。ずらりと路上駐車された車が唯一めざわりだなと思ったが、ふと見ると「居住者用駐車スペース」という標識が立っていた。要するに建物が古くて駐車場がないので、しかたなく路上に停めている、というわけなのだ。・・・・・この街の建物をアレンジしてミンチョルは家を建てるつもりでいたのだ。。。ヨンスもそんな建物のイメージをシッカリと目に焼き付けた。。。

国際運転免許を持っているミンチョルは、レンタルした車でドライブ観光しながら、歴史ある建物や、世界的に有名な大学を見て廻りながら・・・途中のクインシーマーケットに立ち寄り、100以上のレストランやショップが集まるボストンで一番にぎわやかなエリアにヨンスを連れて行き、いろいろな店先や、ストリートパフォーマンスをみているうちにあっという間に時間が過ぎていった。
そこから、少し北へ上り、高級住宅地ビーコンヒル迄で行き、やはり 映画「クレイマークレーマー」で、ダスティン・ホフマンが駆け抜けるシーンで使った場所を見学し、実物の本物の風景に酔いしたった。。。ヨンスはここでも、目の前にみえる建物の家々のイメージを、シッカリと目に焼き付けていた。。。
今度はシンフォニー・ホールに向かった。。。
古風なホールで、内部もなかなかすばらしい。だんだん席がうまっていき、ほぼ満席になったところで、演奏が始まった。タクトを振るのは、そう、あの日本の ” 小沢政爾 ”  だった!!!!!
演奏がおわって、ホールを出てからは、ボストン市街を二人で風にふかれながら、少しぶらぶらと歩き、プルデンシャル・タワーという高層ビルの展望台に上がったり、そのすぐ近くにある古いトリニティ教会を眺めたりしながらホテルまで戻った。ボストンは、アメリカの中では治安の良い街で、犯罪は起こる街で集中して起こっているから、そういう危険地域に足を踏み入れなければ大丈夫なことをミンチョルはよ~く知っている。
次の日は、ティー・パーティー・シップ で、さすが新鮮な魚介類が豊富にある港町で、ウニ、クラム(貝)、ロブスターなどの料理メニューが目移りするほどで、トッピングも自由にチョイスでき昼食をとって、満腹になってから、「ボストン・ティー・パーティー・シップ」までいった ・・・「ボストン茶会事件」 この事件は、その後の、アメリカ独立戦争のきっかけをつくった事件として有名なんだが、その舞台となったビーバーⅡ世号が復元されて、見学できるようになっていた。

「 ここはねヨンスさん 七年戦争で  財政が苦しくなったイギリスが アメリカ植民地に  多額の税金をかけてまかなおうとしたんだ   」
「 イギリスの植民地だったころ  紅茶への課税に  怒ったボストン市民がね   」 
「 夜陰に紛れて  イギリスの船  ビーバーⅡ世号に近付いて  積んであった茶箱342箱を   」
「 すべて  海に投げ込んでしまったんだ  真っ赤に染まった海水はそのまま塩辛いアイスティーとなって 」
「 それを   洒落て   ボストン・ティー・パーティー  って呼ぶようになったんだよ    」

「 こんな大きな国のアメリカも    昔はイギリスの植民地だったのね   知らなかった   」

中に入ると、桟橋のようなところに既に多くのお客が集まっているのが見えた。それらの人々にまじって椅子に腰掛けると、18世紀の格好をした兄さんが現われて、威勢よく挨拶をした。

「紳士淑女のみなっさーん! 今日は  ようこそおいでくださいましたあ~! それでは、まず皆さんの出身地を聞いてみましょうかね~!?」

こんな具合に始まり、めいめいが自分の出身地を答えていった。ニューヨーク。オハイオ。カナダ。トーキョー! インディア。サウディアラービア。ジャーマニ。ロシア。…、” ソウル!”  ” ソウル!”

《 あなたは、どっちらから来たんですか~?  》
 「…ブリテン」
なんと、イギリスから来た女性がいた。ブーブー、会場のあちこちからブーイング。そりゃそうだ。なんせイギリスは独立戦争の敵国である。そのブーイングを制して兄さんが言った。
「今日はですねえ、皆さんの出身地のことは忘れてですねえ、今、皆さんは1775年のボストン人だと思ってください」

茶箱を投げ込んでいるところそれで、私がこう言ったら ダム! ダム! と言ってくださいね、ああ言ったら ヒア! ヒア! と叫んでくださいね、などという申し合わせ申し送りがあってから、 茶税を許すな~! そうだそうだ~! みたいなシュプレヒコールを入場客全員でやって、船の方に移動することになる。ボストン茶会事件のとき、植民地人たちはインディアンの変装をしていったということになっているので、 全員、配られた赤い羽を頭につけている。 そして集まったお客の前で例の兄さんが、懲りずにまた、 茶箱を投げ込め!  そうだそうだ~! などとやったのちに客の中から選ばれた人(子供だった)が、「TEA」と大書された箱を海に向かって投げ込んだ。 なんだか投げ込んだ子供自体、なにをやっているのか飲み込めていないようで

それにあとで見にいったら投げ込まれた箱は、紐で船につながれて海にぷかぷか浮いていた。。。もうなんだか茶会事件というより、茶番劇としか言いようがなくて・・・・・二人は顔をみあわせて大笑いした。。。
数日が経ったある日、全米の各州から、ミンチョルの留学時代の男女の友人たちが、一泊しながらホテルに集まってきて楽しいパーティを開いた。。。
懐かしい顔ばかりだった・・・
ジョ-ジ・ジェイムス・ホワイト・ケリー・スペクター・ジョナサン・デミ-・ルーカス・ピルバー・コーマン・アイリンーン・クリスティー・ヌーヴェ・メリー・ロバート・トム・ボブ・アーサー・ペン・マイク・ニコルズ・ハリー・ポール・ロジャー・ヘルマン・ピーター・デニス・ジョン・ハワード・ロン・ジョナサン・ビル・スチュアート・. ゴーン ・・ステュア-ト ・ディビッド・・・・・etc 数十人もの懐かしい面々だ!!!!!!

ミンチョルは、一人一人とオーバーアクションをとりながら、抱き合った!!!!!!!
みんな大人の顔になっていたが、まるで昨日の事のようによみがえる・・・  でも、陽気な明るさは変わってなかった
妻のヨンスも紹介し、打ち解けあい喜びあって話が学生時代と、今の近況とが入り交ざって盛り上がった・・・
友人達とミンチョルは、すべて英語で話すのでヨンスには皆目内容が分らなかったが、ジェスチャーや表情なので汲み取り、愛想笑いでふりまわった。言葉は分らなかったが、ミンチョルの愉快な友人達は、ヨンスにとっても友達が増えたような嬉しい感情をもった。

楽しいひと時は過ぎるのが早い・・・  あっ!!!  というまにその日は終わった。。。。。

そして、口々に住所連絡先などをやりとりした後、翌日、再会を約束し友人達は帰路に着いた。。。また、会おう!!!
つづいて別の日に。。。
映画「グッド・ウィル・ハンティング」のマット・デイモンとロビン・ウィリアムスが語り合うシーンで使われた、ボストンの中心に位置する滞在ホテルの目の前の50エーカーの緑豊かな、ボストンコモンの大きな公園を流れる チャールズリバーの川に行き、クラッカーを、アヒルにあげて楽しみ・・・

ダックになかなかおもしろそうなので乗った。これは観光ツアーのひとつで、水陸両用の車でボストン市内を周り、さらにチャールズリバーをクルーズするというもので、この車は第2次世界大戦時に使用されていたものを改造して使っているそうで、おそらく乗る機会がなくなるものだと思ったのですかさず二人で乗った。

二人が乗ったのは外装が、ピンク色だったけど、他に黄や緑、紫、黒、茶、グレー、青など全部で10台ぐらいは置いてあって、プルデンシャルセンターの前の乗り場にたくさんあった。乗ったら、まず合図のベルに合わせてクワッツ!・クワッツ!と大声で叫ぶ練習をやらされた。

ダック同士すれちがう時や、街で一般のボストン市民がダックの方を見ている時には、最初に練習しておいた合図にあわせて、みなで クワッツ!・クワッツ!と叫び。これがまた、おもしろい!

希望者には、チャールズリバー走行中にダックを運転させてくれたので、すかさずミンチョルは川の中を運転した。・・・得意げに運転するミンチョルの様をヨンスはカメラで撮った。

「 ハ~イ   室長!!! こっち向いて~  キムチー !!! 」 カシャ!!!

「 ヨンスさんも   やってごらん   さぁ~  変わって   」  同じように カシャ!!! シャッターを押した
運転手のおじさんは、とにかく陽気でおしゃべりでした。英語はさっぱり分かりませんでしたが...唯一わかったのは、「ぼくは、まだチャイナタウンへ行ったことがないんだ。 だってーー!!!、北京ダックにされちゃうからね。」といいました。・・・・・そのユーモアに、腹から笑い転げた二人です。。。
懐かしのボストンでの 8日間も、アッというまに過ぎ去り、ホテルのチェックアウトをして、ボストン・ローガン国際空港に向った。。。残念ながらこの空港からは直行便が無かった。。。ボストンの街に別れを告げ、ニューヨークJFK空港へと向かい・・・そして・・・最後の目的地ハワイへと向った。。。

# 。***※^0^※***  ⅿ(-!=;)ⅿ・・・機内での二人は。。。

「 ヨンスさん  ちょっと  クイズでもしようか ?   」 

「 えっ  いいわよ   」

「 じゃね~   練習問題から    ファイナルアンサー?  って言ってからは  もう変えられないよ!!!! 」 
「 自由の女神が建てられた当時、女神はニューヨークで一番高い建造物になった  ○ か × か  」

「 んーーー?  ○ ーッ!!!   ○なの~  ヤッターーー!!、ラッキー!!! 」{{{(>_<)}}})}m\(^o^)///

「 日本で、題名が 「自由の女神」 という歌謡曲が発売されたことがある ファイナルアンサー?    」

「  んーーーン  そんなのわからない  でも   感でーーー  ○ --っ 」{{{(>_<)}}})}m\(^o^)///

「 答えはね~   ○  」   またもや    「  ラッキー!!   」 である。

「 じゃ~  今度は  わたしの番ね   」
「 かつて 「自由の女神」 がアメリカの入国スタンプにデザインされたことがある 」

「  ンーーーン    ○    」      {{{(>_<)}}})}m

「   ファイナルアンサー?  残念でした~ 答えは  ×  でした~   ぅふふふふン   」
「 じゃ~  もういっかいね   」
「 ソフトクリームの形は あの自由の女神がモデルになっている 」

「 ハッハッハッハッハ   そんなの   × だよ~   」   \(^o^)///

「  ホントニ~  ファイナルアンサー?   答えは  ×   です~  正解です~~   」

✩✩✩ こんな アメリカ横断ウルトラクイズをしながら・・・ ✩✩✩
[  問  題  ]
答えーーーーー問題 / 解説

第 1 問;自由の女神が建てられた時、女神はニューヨークで一番高い建造物となった。
○ーーーニューヨークの自由の女神が立つ前は、86.6メートルのトリニティー教会が最も高い建造物でした。そして、1886年、94.5メートルの自由の女神が完成し、トリニティ教会を抜いて女神はニューヨークで最も高い建造物になりました。ちなみに、摩天楼の象徴のエンパイア・ステートビルが建ったのは、それから41年後のことでありました。

第 2 問:日本で、題名が「自由の女神」という歌謡曲が発売されたことがある。
○ーーー昭和45年に黛ジュンさんが発売しました。・・・こんな問題知らないわ!!!!!!  日本のことでしょ!!!!!!!

第 3 問;かつて「自由の女神」がアメリカの入国スタンプにデザインされたことがある。
×

第 4 問:ソフトクリームの形の由来は、自由の女神の「たいまつ」である。
×ーーーそんなわけはない。

第 5 問:タイガー・ウッズは寅年生まれである。
×ーーーウサギ年生まれ

第 6 問:肥満の人の「脳みそ」にも脂肪がたまる。
×ーーー脳には脂肪の組織や脂肪をためておく機能はありません。

第 7 問:ミミズもバックする。
×ーーーミミズには、バックできる筋肉はない。

第 8 問:海が満潮のとき、ほんのわずか陸も盛り上がる。
○ーーー15cm程、盛り上がる。

第 9 問:南極ではシャボン玉は凍る。
○ーーーすぐに崩れるができる。

第 10 問:祇園精舎に鐘はない。
○ーーー祇園精舎の鐘の声というものは想像でいっているものであって、実際の祇園精舎には鐘はありませんでした。・・・こんな問題知らないわ!!!!!!  これも日本のことでしょ!!!!!!!

第 11 問:アルファベットの「W」は、「U」が2つ重なるので「ダブルユー」、「ダブリュー」という。

第 12 問:4人目からは違うが、3人目までは同じ。
○ーーーじゃんけんのあいこの確率、2人でも3人でも同じである。

第 13 問:フリーマーケットは誰でも自由に行えるところからその名が付いた。
×ーーーフリーマーケットのフリーは"flea"と書き、「のみ」の市の意味。

第 14 問:みかんを激しくもむと甘くなる。
○ーーーもむことでクエン酸がでて甘くなる。

第 15 問:大正宝塚第1回公演は「金太郎」であった。
×ーーー第1回目の公演はは桃太郎。・・・こんな問題知らないわ!!!!!!  これもよ日本のことでしょ!!!!!!!

敗者復活:上野動物園のパンダの名前は「タンタン」と「トントン」である。
×ーーー「トントン」と「リンリン」。・・・こんな問題知らないわ!!!!!! また~日本のことでしょ!!!!!!!
・・アメリカ人名の謎々!?人の名前をクイズで・・・

(1)・・・いつもドアの下にいる男の子は誰~れ ?

*アンダーソンですか??;under sonだから。残念!息子の下にいるわけじゃないんでsonは使えません。 door を一文字後ろにずらして epps *ドアの下にいつもいるのはマットです!→ マット正解

(2)・・・いつも何かに寄りかかるってる女の子は誰^れ ?

*リーンかな!?;lean→寄りかかる。惜しい!リーンが付く女の子の名は・・・?*→ アイリーン I lean でした!

(3)・・・ずーっと校庭で立ってる男の子は誰~れ ?

*ポール?  *→  ポール正解!

(4)・・・毎月送られてくる男の子は誰~れ ?

*毎月の請求書のことで、Bill)」ですか?  *→  ビル正解

(5)・・・橋を過去のものにしてしまった女の子は誰~れ ?

* ブリジット(Bridget)  *→ ブリジット 正解!

機内に居るまわりのお客も、そんな微笑ましい二人のやりとりに、聞き耳をたて興味を抱いているようだった。

いよいよ今回の最終目的地、常夏の島『ハワイ』も、もう直ぐだ!!!!!!!

そこで何が起きるのだろうか・・・?

ミンチョルだけが知っている。。。。。 

 ~~~   ホ ノ ル ル  ~   in  Hawaii   ~    Good  Luck !!


*** そ *** れ *** で *** は **** 創作続編 26話パート(4) * E N D *
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  by raymirainya | 2008-12-17 12:48 | 創作続編26-5

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