カテゴリ:あの時あの頃1-5( 1 )

 

※ヒューマンドキュメントストーリー【10】

◀ B G M ▶ ⇒ 【 Endless Rain 】

d0093573_1835961.jpg

※A Certain Human Story  『 That time Those days 』

Part 1、 《 笑    子  》  ・・再会の果て・  (5) 


身の回りから
恋人や友人知人が
一人二人と消えてゆく
沈む気持ちを押し上げるように
入れ代わり
新たな友人知人ができてゆく
地元の一つ後輩の西端地区の高浜久司くんが高卒の正規入社で、一つ上になる山田多美夫くんも同じ地元神有地区から高卒の中途入社で同じ検査部門の職場に入ってきた
九州の春田くん寺田くん五島列島出身の牧田靖幸くんらも二つ上だが途中入職で入寮し配属され・・
関連の製造部門にはあの室谷さんの弟、泰広さんも和歌山県から入寮し入ってきた
泰広さんは二つ上だった
知らなかったが二人は母親が違ってたようだ
父親が和歌山で映画館を営んでいて先妻の子が兄で弟はその後父親が再婚してできた後妻の子らしい
その点では二人とも長男だと言えなくもない

企業合併してから中途入職者が全国のあちこちから入ってきた
殆んどの者は近くに何棟もある独身寮に入り徒歩で通っていた
マンモスな700名を収容できる独身寮ができたせいか
県外出身者が急増し出入りが激しく数ヶ月でやめていく者も数多くいた
二つ下で立知の安アパートに一人で住み岡崎の夜間高校に通ってた渡辺くんは渥美清に似た風貌と容貌の面白いこだった

立知駅周辺にはパチンコ屋、喫茶店を始め、宴会旅館、居酒屋スナックバーが密集して存在し、忘年会や新年会はそんな地理的条件もあり駅界隈の料亭で行われ日頃の慰労を労うとともに鬱憤をはらすように場は盛り上がる
中には毎回のように酒の席で悪酔いし
誰かれなくからみ喧嘩沙汰になる者もいた
また毎年秋のシーズンには課単位のバスによる慰安旅行が日帰りで行われ、東名高速道路~阪神高速道路を使って名所に行くのが流行になっていて、その親睦旅行が勤めるものたちの大きな楽しみの一つのイベントだった
それだけにそれらを仕切る親睦会の幹事には人柄と人格、責任が求められた
行きのバス内はアルコールも手伝ってゲームや歌三昧で最高に盛り上がり、帰りはその反動がでで疲れて眠る者が多いのがパターンになっていた
ユニークなもので到着すると酔いも冷めみな元気になっていた

d0093573_18555652.gif


* つづきは ココを ポチッ!
[PR]

  by raymirainya | 2006-10-07 18:38 | あの時あの頃1-5

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE