カテゴリ:創作続編26-5( 2 )

 

アースマラソン

お笑い芸人の間寛平が、昨日の昼に大阪を出発
千葉まで600Kmほどをマラソンで、後は、ヨットで太平洋~アメリカ大陸~大西洋横断
およそ、36,000kmの挑戦
59歳なのに、すごいなぁ


2008年12月18日(木)・・・曇り・・・12℃~3℃

※創作ストーリー
・続・美日々第25話~が有ったとしたら・・・第 2 6 話 『  感   激   』

※それでは、創作続編 ・第25話・・・・・ 『 それぞれの思惑  』 にひきつづき
※        創作続編 ・第26話・・・・・ 『  感     激  』 を、お届け致します。


Part 5、《 ミンチョル&ヨンスの・・・   忘  れ  え  ぬ     Hawaii  !!!!!!  》


*飛行機の窓から、太平洋に浮かぶアメリカ 50番目の州、ハワイ州の8つの島々が、遠くに小さく見え出してきた。(内、3つの小島は、ちいちゃくてわかんないほどだけどね)

不思議な感覚だった・・・ つい数時間前までは、大西洋を目の前にしたボストンとニューヨークに居たのに・・・
東から西の方角に向うフライトは、偏西風により抵抗が強いため11%ほど余計に時間を費やしてしまう
が、もうオアフの島が大きくなって来た。

ソウルの気候とはまるで異なって、この世の楽園かのような 暖かなハワイオアフ島ではホノルル国際空港に着いて、まず2階の入国審査場へと行った・・・「Non-Residents」(非居住者) の列に・・・やはり人が多い・・・並んで順番を待った・・・その時!!!  どこの空港でもそうだが、麻薬犬が何匹か近づいてきてヨンスの所に来た。ヨンスは動物が好きで特に犬好きだったので、「 ヨシ ヨシ いいこ いいこね 」となでてしまった。警察官が驚いて謝った・・・こんな事はけっして今までになかったことだ・・・人に撫でてもらうなんて・・・空港に居る犬は、入出国者の荷物の中の匂いを嗅ぎつける事が本来の役目であるから・・・

そしてようやく順番が来た・・・パスポート、出入国カード、税関申告書等の必要書類を提出し、滞在期間、渡米目的などをミンチョルは雄著な英語でペラペラと口頭で答えた。

Q :  How long will you stay in the United States? / アメリカに  何日間滞在予定ですか。
   (ハウ ロング ウィル ユー ステイ イン ザ ユナイテッド ステイツ)

A : . 26  days. (ティンティ シックス ディ ズ) / 26日間です。・・・但し、ハワイ州は8日間になるが・・・

Q :  What's the purpose of your visit? 
    (ホワッツ ザ パーパス オブ ユア ビジット) / 入国の目的は何ですか。
     
A :  Sightseeing.  サイトシーイング)  /   観光です。

パスポートに入国スタンプを、出入国カードには滞在期間の年月日を記入してもらい、半片をパスポートに添付してもらった。捺印された税関申告書を持って、エスカレーターで1階の手荷物受取所(バゲージクレイム・Baggage Claim)へ向かいターンテーブルから荷物を受け取り、つづいて税関(Customs)でパスポートと税関申告書を提出し、検疫の検査は特別になかったが、持込みや、みやげ物についての質問に答え

Q :  Do you have anything to declear?
     (ドゥ ユー ハヴ エニシング トゥ ディクレア)   /   何か申告するものはありますか?

A :   Nothing.  (ナッシング)   /   いいえ、何もありません。

申告書に係官のサインをもらい、ブルーラインとレッドラインに分かれていたが、係官の指示に従いブルーラインに沿って歩き、さっきサインをもらった申告書を空港出口で提出した。 

外にでると、ハワイの明るい陽射しが少し眩しく感じられが、吹き抜ける心地よい風や晴れ渡った青空がハワイに着いたことを実感させてくれ、数人の若いサービス嬢たちから、それぞれ歓迎のレイを首に掛けられ、はにかみながらも嬉しく、その甘い香りと開放的な気分で常夏の倖わせを感じとった。

迎えに来ていたリムジンに乗り込み、45分ほどでワイキキの伝統ホテル、絵のような風景の中にたたずむ「太平洋に浮かぶピンク・パレス」 ザ・ロイヤル・ハワイアンに到着した。


ハワイの贅が溶け合ったロイヤルタワーの客室からは、太平洋を一望に見渡せるバルコニーがあるエレガントな部屋で、温かいマゼンタと薄青緑色の厚いカーペット、天井から下がるクリスタルのシャンデリア、どっしりとした天蓋つきのベッド、洗練されたクィーン・アン様式の机とタンス。アチコチにおかれている物には、ハネムーナーへの ネームタッグとネーミングが、«ミンチョル&ヨンス» とそれぞれに施され用意されていた。(英語のスペルで)・・・これは全てミンチョルの優しい手回しだった。・・・ラグジュアリーなスティが楽しめそうだった。

ホテルのロイヤルタワー最上階の、部屋のバルコニーから眺めるロケーションは雄大で美しく、絶え間なく押し寄せる波、昼間はまぶしい太陽が燦々と降り注ぐ砂浜、潮風に吹かれしなやかにゆれる椰子の木々、美しいシルエットを映し出す緑の山並み、夕方には、茜いろに沈んでいく夕日と 染まっていく海の色とが 大自然のあざやかなコンビネーションをかもし出し、身も心もハダカにしてくれ素顔の自分にさせてくれた。。。そして、朝、早くには大海原に夢の中にいるような、大きな虹がかかって。。。

翌日の朝、二人はハワイアンスタイルに着替え、朝食にブッフェを・・・種類が豊富で好きな具を選んで食べ、目の前で作ってもらうオムレツのサービス、それと、テーブルクロス、花瓶、椅子のクッションがピンクで、当然、スタッフの方々の服もピンクで・・・♪とにかく、ピンクで何もかもが統一されてて、店で、サインをする時のペンまでもピンクで、二人はビックリ&顔をみあわせ  プッ!!!  と笑った。

朝食が済んだ後、超豪華な最高級リムジンが、ホテルに横付けされ待っていた。

いよいよハワイの観光廻りだ !!!!
サン・スーシー・ビーチへ~ワイキキビーチ沿いをキングコングが空を向いて寝ている姿だと言われるダイアモンドヘッドの(標高は232m)の方に~潮吹き岩~カピオラニ・ビーチの辺りまで来ると、人が少ないからか海がキレイに見える~ホノルル水族館の横を通り過ぎて5分ほどでサン・スーシー・ビーチに、ここはワイキキ・ビーチと海の色が違う~そして、シーライフパークへ、イルカやアシカのショーをみて~ドールパイナップルパビリオンのほぼ中央部にある施設まで、途中一面のパイナップル畑をたくさん見てきているので、やっとパイナップルを食べられる、パイナップルの甘さはジュースも絞りたてでとっても濃厚な味~ポリネシア文化センターへ~ポリネシアン・カルチャー・センターポリネシアというひとつの文化圏を実感できビーチもキレイで空いている~ダウンタウン カメハメハ大王像とイオラニ宮殿~、その他にも、オアフ島にはカイルアビーチ、サンディビーチ、サンセットビーチ、ワイメアベイ・ビーチパーク、ハレイワ・アリイ・ビーチパークなどの美しいビーチがたくさんあった。

そして、ホテルのディナーに出かける時には、ビーチファツションの素肌露出の昼間のハワイアンルックとは異なり、思いっきりの ドレスアップをして、デラックスなロイヤルディナーのひと時を堪能した。

ディナーから戻り部屋でもう一度シャワーを浴び、バスローブに着替えて、ブランディ片手にバルコニーから見る夜景は、昼間とはうって変わり、ムーディでロマンチックに見事なほどにまでようそうをさま変わりさせ、夜空に光る月も、無数の輝く星も、まるで手が届くかのように近くに見え、キラキラと輝きを放ち、充二分な程に二人の心を和ませ満喫させてくれた。

そのムードに、しっかりと酔いしれた二人は、やがて、ミンチョルがヨンスをボディダッコで体を抱きかかえ、優しく迎えるベットルームへと向った。。。

甘~い・・・しびれるようなもだえ合っている声が、微かに洩れ、聞こえてくるようだった。。。。。
翌日も爽やかに晴れ渡っていた・・・
澄み切った青空の下での、何かに付けアクティブなミンチョルと、コ・オリナ・ゴルフクラブでのカートに乗ってのゴルフ・・・今まではテレビでしか見たことが無かったが・・・ サテどうなるか  ヨンス!!!
ブーゲンビリアなどの熱帯植物が彩りを添えているコースは、目をみはるほど美しく、高級感にあふれていた・・・コースには池、滝、クリークがいたる所に配置され、風の影響もあって、戦略性の高いコースになっている・・・ここの乗用カートはGPSが装備されていて、各ホールともピンまでの残りヤード数が一目瞭然で判るようになっていた・・・

ヨンスにとっては、生まれて初めてのゴルフだが、ゴルフシューズに履き替え、ウエアーも着替え終わってロッカールームから出てきたとき・・・レディス用の軽量でできている貸しクラブをミンチョルが持ってきてくれた・・・グローブをかけサンバイザーを被って練習場へと向った。

ヨンスはソフトボールか野球をするかのようにクラブを振り回した・・・ミンチョルはそんなヨンスに優しく手取り足とりで教えた・・・グリップ~スタンス~スイングと大まかなレッスンをし終え、ミンチョルが運転するカートに乗ってスタートホールのアウトコース一番ホールへと向った。・・・通常は、ワンパーティ(1組)四人でラウンドするのだが、前後のパーティに迷惑を掛けまいとし、料金は高くなるが二人だけで気兼ねなくラウンドできるようにキャディマスターに承諾を得ていた。

ティアップしてドライバーを握り、フルショットで思いっ切りよく振り切ったミンチョルのボールは、ややドローがかかって遥か彼方のフェヤ-ウェイまで飛んでいった。・・・グッド ショット だ !!!!

つづいて、いよいよヨンスの番だ !!!!
ティグランドのラインからはみ出ないように、ミンチョルがティアップした・・・ヨンスはミンチョルの言ううが侭にアドレスし、素振りを何回もした・・・そして、ボールをみて思いっきり振った・・・エッ !!!  だけど、ボールはそのままアル? ウッソー!!!!?  なんで~?・・・そして、また打つ!・・・やはりボールはそのままだ・・・ヨンスは不思議に思った?・・・そんな空振りを5回ほど繰り返し・・・ミンチョルがいうままオーバースイングせず力を抜いて右肩から左肩へのコンパクトなスイングでソーッとおとなしく振った・・・当たった !!!! ナイスショットだ!!!! 前にボールは飛んでいった・・・生まれて初めてのスタートホールのティグランドを後にし、ボールのある位置へとカートに乗って進んだ。

ミンチョルの残りは、約150ヤード・・・7番アイアンを持ってピンにデッドに打ち込んでいった・・・グリーンに乗った・・・ナイスオンである・・・つづいてヨンスだ・・・残りは約250ヤードだ・・・スプーンを言われるまま持って振った・・・さっきのティショットと同じだ・・・何度振っても当たらない・・・やっと当たった・・・だけどボールの上を叩いてしまった・・・チョロ玉だ・・・30ヤードほど右側のラフに行った・・・今度はミンチョルの言う通りクラブをウッドからアイアンに切り替え5番アイアンを持ち振った・・・当たったが40ヤードほど前の今度は左側のラフに入った・・・目の前で止まっているボールが打つのに上手く当たらない?不思議なゲームだ?・・・そんなことを繰り返しヨンスは18打目でやっとグリーンに乗った。・・・ヤレヤレである・・・今度はグリーンで待っていたミンチョルがパターに持ち替えカップ目掛けて打った・・・残り、12ヤードほどの下りのスライスラインにのり見事カップインした!!!・・・パー4のホールだから、バーディである。さすがだプロみたいだ!!!!! 今度はヨンスだ・・・残り10ヤードほどのやや登りのフックラインだった・・・強い!行きすぎ~ラインが違う~近くても、なかなか入らない・・・6打目のパッティングでようやく入った。ハァ はぁダ・・・結局、1ホールで24打、本来のルールなら空振りもカウントするので39打も打っていた・・・ミンチョルはスコアーシートに記録し次の池のあるホールへと向った。。。

フロントナインのアウトコースを終え、クラブハウスで1時間の休憩タイムを利用し昼食をとった・・・話はゴルフのことで興奮し夢中になっていた。・・・そして、バックナインのインコースへと向かい、18ホールをホールアウトした・・・ミンチョルのスコアは、バーディが5つ、ボギーが8つトリプルは無くって、グロスでのスコアはスリーオーバーの75だった。・・・ヨンスは286だった・・・空振りも加えたら・・・もう数えたくない、聞きたくない数字だ・・・しかし、スコアはさて置いて、楽しくって仕方がなかった・・・自分をこんなに夢中にさせるなんて・・・不思議なゲームだと思った。。。


夕方にはうって変わって、ポリネシアン・ディナー・ショーに出かけ、優雅なハワイアンを中心に強烈リズムのタヒチ、サモアなどの歌と踊りを織り交ぜながら繰り広げられる南国ショーとスターによる歌謡ショーを見ながら、ディナーを満喫した。


次の日は
優雅に、ラハマナスパール・ボートハーバーから、クルーザーで大海原を渡る風をきり、ダイナミックなバカンスで、ダイヤモンドヘッドを横切っての、快適なコバルトブルーの海での、ミンチョル操縦によるクルージングと、ホエールウオッチングをし、二人だけの、リゾートライフタイムを十二分に満喫した。・・・ヨンスは生きている絶頂感に酔いしれていた。

ミンチョルは、大西洋に面した港町ボストンへの音大留学時代に、モーターボートの一級免許を取得していた・当然のことながら、車の国際免許も持っている。

ミンチョルのスポーツ万能で、特にテコンドーや水泳で鍛えあげらた筋肉質で逞しく絞られた体は、この大海原が良く似合う・・・ 野心家で、見聞と視野が広く、気配りと優しさに溢れ、何をしてもサマになり、上手でカッコいいミンチョルに、ヨンスはより一層、感動をし尊敬し、惚れ直し骨抜きになっていった・・・ヨンスが知らないでいたミンチョルが、こん~なにもいっぱい居たなんて・・・嬉しさではじけていた。


この日の夜には、ディナーに出かけるため二人は、ドレスアップした・・・さすがに、やや日に焼けたヨンスは美しい・・・心底喜びを表し、背が高く綺麗なスラーッとした足、スーパーモデル以上のカッコいいスタイルのヨンスに、ミンチョルもニヤニヤとほくそ笑んでいた・・・アラモアナホテル最上階のレストランにつき、ステーキ&ロブスターのフルコースディナーを楽しんだ・・・まわりの人やすれ違う人など、何処かの有名スターかのような目で二人を見つめそして振り返っていた・・・その後、リムジンの送迎により、タンタラスの丘へと・・・ 100万ドルのすばらしい夜景が広がっており、特にホノルル空港から頻繁に飛び立つ飛行機の光がなんともいえない風情をかもしだしていた。ホテルからみる夜景とは一味も二味もちがっていた。。。

その夜の二人はいっそうと体がもだえ、燃えていた・・・リゾートでの開放感と、オーシャンビューが狂おしいほどにまでに、そう変貌させてしまい、マジックにかけられたような嬉しい本能のサガが・・・・・・ミンチョルのその抜群の超越したテクニックと野獣さとが・・・ ヨンスの身をくねらせ、陶酔させて理屈抜きに女豹にと変貌させていった・・・・・


翌日の朝食後は
中庭を出て、ロイヤルハワイアン・ショッピングセンターへと、大型の4階建てのモールで、東西に長いモールは、西側から順にハイビスカスコート、オーキッドコート、イリマコートと3つのエリアに分かれていて、3コート合わせて約 140店のショップやレストランがズラリ軒を連ね、カラカウア通りに面した1階には、エルメス、カルティエ、ブルガリ、フェンディ、フェラガモ、ハンティング・ワールドなど、いずれ劣らぬ高級ブランドの直営ブティックが並び、ゴージャスなウインドー・ディスプレーが・・・

もちろん、ブランド・ブティックのほかにも、バラエティに富んだショップが揃っていて、ハワイアンジュエリーやウクレレ、ハワイアンクラフト、キルト、レイなどハワイならではのアイテムを揃えた各専門店から、スイムウエアやリゾートウエア、スニーカー&スポーツウエア、子供服、サーフショップ、アクセサリー、時計、サングラス、Tシャツ、サプリメント、ギフトアイテム... さらには、ウエスタンファッションやスノボーのギア&ウエアといったとてもユニークなショップまであった。

そしてミンチョルはジュエリーの店 《 H・ロイヤル・ジェム・インターナショナル 》 に入った。
実は、1ヶ月以上前に、電話とEメールでオーダーしておいたミンチョルと同じの、ヨンスへのネックレスと、二人のプラチナのトレソロ(Tresoro)タイプの結婚指輪(マリッジリング)を受け取りにきたのだ。

その指輪の内側には・・・イニシャル以外に「FOREVER」  「FOREVER LOVE」  「WITH YOU」 などと刻みの彫を入れてもらう予定でいたのだが、パワーストーンは、あまり傷つけるものではないと言う事を知らされ、あえて文字数を減らし、身を守ってくれる守護石 水色がかった透明色のアメジストを、外側で無くあえて見えない内側に埋め込み、それぞれに 『 M to Y ∞ 』 ・ 『 Y to M ∞ 』 と、刻んでいた。。。  ∞ マークは = 永遠の真実の愛を意味していたのだ。

お互いに試着してみたが、サイズを報告済みだったので、まるで修正、調整は不要で驚くほどにピッタリだった。
ヨンスは予期してなかったプレゼントに、大喜びした・・・以前から、口にこそだして言わずにいたが、愛するミンチョルからのプレゼントで、一番欲しかったものだったから・・・

その後は、土産物を買ったりしショッピングをして楽しみ過ごした・・・買い物は全てエアー便での手配をして・・・
そして、ミンチョルはヨンスに悟られないようにハワイ州保険局へと向った・・・式の前日までに二人でパスポート を持って結婚申請書書類への記入手続きをしなければ「結婚許可証」を受け取る事が出来ない仕組みになっているからなのだ・・・申請後の所要時間が 約30分~1時間かかって、ミンチョルは、仮の「結婚許可証」を受けとった。・・・ミンチョルは全てが英語で書かれ、そして、全てを英語で相手と話したため、ヨンスに、その内容を悟られる事はなかった。・・・ヨンスはてっきり、旅行者特有の、わずらわしい何らかの証明手続きをしているのだと思い込んでいた。。。

創作続編 ・第26話-5
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  by raymirainya | 2008-12-18 15:50 | 創作続編26-5

冷たい小雨

今日は、病院にいかなけりゃ
車のブレーキ異常音が、ハンドルを右に切ったときに鳴る
なんかしら、気持ち悪い

帰りに東刈谷の握り一番で、酒を飲み寿司をつまんだ
ふと、右斜めまえのボックスに目をやると、瑠美ちゃんにそっくりの子がいた
こんなにそっくりな子をみたのははじめて、、
なんどもなんども目をそそいだ
相手も、なんとなくこっちを数回見ていた

でも、どう考えても明らかに違うはず、、、

2008年12月17日(水)・・・小雨・・・10℃~2℃

※創作ストーリー・続・美日々第25話~が有ったとしたら・・・第 2 6 話 『  感   激   』

※それでは、創作続編 ・第25話・・・・・ 『 それぞれの思惑  』 にひきつづき
※        創作続編 ・第26話・・・・・ 『  感     激  』 を、お届け致します。

Part 4、《 ミンチョル&ヨンスの・・・ 懐かしと 憧れの  Boston  !!!!!!  》

#ニューヨークJFK空港から、350kmほど(東京~名古屋位?)北へ離れたミンチョルが留学ホームスティしていたバークレー音大のあるアメリカ発祥の地、マサチューセッツ州の港町ボストンへと・・・移動飛行機はユナイテッドエクスプレスのフライトで、小型便しかないがプロペラではないし、比較的低空飛行のため景色もよく見え逆に軽快だ、二人は50分ほどで、ボストン・ローガン国際空港に到着した。

・わずか350キロの距離なら新幹線でビュ~っと行きたい感じですが、残念ながらアメリカの電車は日本ほど速いわけではなくって高速電車のアセラ・レジョナルとアセラ・エクスプレスの2つのサービスがあって、アセラ・エクスプレスを利用するとボストンとニューヨーク間は3時間半もかかって、最高速度は150マイルということですが、これでも日本の新幹線と比べるとまだまだという感じですから。

空港からはタクシーで、一路滞在予定のホテルに向った。。。
車窓から見えるボストンは、レンガ造りの建物、石畳など昔の面影を残し、風情ある町である。ニューヨークからおおよそ350キロ北に位置しているが、世界一の大都会であるニューヨークとは一転した味わいを見せてくれた。

クラシックな町並みといおうか、アメリカでありながらアメリカ的でない、ヨーロッパ的な光景がここかしこにみえる。街の中に古い教会が多く、空に突き刺すかのように尖った先の塔があちこちにそびえたっている。時代の新旧と、文化とが混在していることを感じた。

やがて、ザ・リッツ・カールトン・ボストン・コモンホテルに到着した。ここはチャーチル首相なども迎えた伝統と格式を誇るボストンのランドマーク的ホテルで、NYのセントラルパークと並ぶ、全米屈指の公園、ボストン・コモンを見下ろす事が出来る最高のロケーションに建つていて、先鋭のデザイナーが手掛けたコンテンポラリーなデザインで、今をときめく旬のホテルだ。さりげないけれど、とってもエレガントなエントランスで優雅な客室のインテリア、高速ブロードバンド対応などハード面も最高のグレードと、そして、肩の凝らないサービスで、一人一人をプリンスやプリンセス気分にしてくれる。

このホテルの場合は、12階がクラブ専用レベルになっていて、1Fのレセプションではなく、12Fの専用ラウンジでチェックインする場所になっていた。

部屋に案内され着替えも済み、シャワーも浴びてレストランでの食事を終えた後、部屋でくつろいでいた時

ミンチョルはブランデーグラスをかたむけながら、青春時代の4年間を過ごし住んで居たころを懐かしそうに思い出しながら、ヨンスに色んなことを話しはじめた。。。

「 ヨンスさん、このボストンってところはね~、17世紀にイギリスから宗教的な自由を求めて、メイフラワーII世号って舟に乗って渡ってきた清教徒(ピルグリム・ファーザーズ)たちが移民してきて、ボストンの南の『プリマス』というところに、やってきたのが始まりでね、地理的な条件から、次第にボストンに人が移住しだしてきて、17世紀の終わりころには一大都市となったそうなんだよ・・・その後イギリスの植民地として栄えたようだけどね・・・」

「 そのイギリスから独立するために、戦った歴史的な独立戦争の地で、アメリカの発祥の地としても有名なんだよ。今でもその発祥から独立までの足取りを街のいたるところで垣間見ることができるし、ボストンは大きく分けて4つの産業に支えられてるんだよ。学生、医療、ハイテク、観光産業なんだけど、全米でもチャールズ川って対岸の、ケンブリッジの街も合わせると、70近くの大学が集中していてさ、ハーバード大学やMIT(マサチューセッツ工科大)ななんかがあって、世界でも一番有数の大学が存在しているんだよ。それから、今でこそ西海岸の『シリコンバレー』が有名になっちゃてるけど、この東海岸では今でもボストンが中心となってハイテク産業が発展してるんだよ。」

ヨンスは  ミンチョルの話を  感心深げにうなずいて聞いていた。

「 それから、アメリカ入植当時の歴史的な建造物と近代的な高層ビル群とかが調和を奏でてる美しい街でさ、世界の四大美術館の一つだと言われてる「ボストン美術館」や世界屈指のオーケストラの「ボストン交響楽団」のホームホールであるんだよ。、ヨンスさんを連れて行くつもりなんだけど、シンフォニー・ホールもあるし、芸術の香りもすごく漂ってるんだ。」

ヨンスはミンチョルに連れて行ってもらえると聞き、心が弾んだ。

「 もともと湿地帯を含んだ半島だったらしくってね、日本の神戸のように100年以上も前に、半島部分を埋め立てによって今の形に作り上げちゃったもんだから、複雑な道やら坂道が多いところと、きれいに碁盤の目のように整備された地域とに分かれちゃっててさ、ボストンコモンとパブリックガーデンの間を走ってるチャールズ通りってところは、もともとは海だったらしいんだよ。それと赤い線は、ボストンの観光地を歩いて回れる『フリーダムトレイル』って目印なんだよ。」

何も分らないヨンスは、ただ懐かしそうに話し続けるミンチョルの想いを感じていた。。。

窓側に立って外を二人で眺めながら・・・

「 ほらっ あれっ あの真中に流れる川がBoston市と Cambridge市を分けるCharles River (チャールズ川)って川で、向こうのケンブリッジ側から見るボストンの景色は最高でさ、特に夜は川に夜景が写って最高にきれいなんだ。ここからでもきれいだろ!?」

「 それと、そこにみえるコモンってPARK(公園)はね、あえて"COMMON"(共有地)って言う言葉を使っている理由はさ、もともとが公園 としてできたわけじゃないからなんだよ。ボストンの・ダウンタウンの真ん中に、どーんとあってさ、あの緑の地域はアメリ カ最古の公園なんだよ。ボストニアンは、実は公園としてできたわけじゃなくってね、植民地時代 の、植民地市民が、おもにピューリタンのために購入した、もともと私有地の土地だったんだよ。50エーカー の敷地内にはね、セントラル墓地Central Burying Groundや種々のメモリアルがあるんだ。トレモ ント・ストリート沿いの観光案内所にはね、ガイドブックやパンフレット類がそろってて、さっき話した観光名所を表してる、赤い線で始まる、フリーダム・トレイルの出発点にもなっているんだよ。 」

ヨンスは  その道を  辿り歩いてみたい  衝動にからわれた   ミンチョルの青春の地だから
「 7月4日がアメリカ独立記念日だということは知ってるでしょ? 実は、ボストン・マラソンもこのアメリカ独立に由来してるんだよ。  」 

ニューイングランドと呼ばれるアメリカ北東部の6州が、アメリカ初期のおもかげを色濃く残してるのも、その中心都市マサチューセッツ州ボストンが、同じように、歴史という共通点を持った、日本の京都と姉妹都市を結んでいるわけもこれでうなずける。

「 それと、ボストンにあるハーバード大学は超エリート校でさ、アメリカ最古の大学としての伝統からか、6人もの合衆国大統領と、30人以上のノーベル賞受賞、30人以上のピュリッツアー賞受賞をを輩出しているんだよ   考えてみるとすごいことだよね    」

「 気候も 春、夏、秋、冬  と 四季があって   韓国に似てるしね    」

「 あぁ  ちょっと酔ったみたいだ    」
「 ヨンスさんも  疲れたでしょ   もぅ  寝ようか   」

「 ん~ン  あなたと   ず~っと一緒だから   つかれない   」

そう言いながら、ミンチョルはヨンスの手をとりベッドルームへと部屋をうつした。
二人の体が、光沢を放つベージュ色をしたキングサイズのベッドの中で、甘く絡み合っていた。。。。。
翌日、モーニングを終えコーヒーを飲んだ後二人は出かけた。。。
ミンチョルは、美術の好きなヨンスに、何よりも自分が学生時代に4年間住んでいた居たこの町と、かの有名な ボストニアン自慢の『ボストン美術館』を、生の自分の目で見させ、肌で感じさせ体感させて喜こばせたかったのだ。まず最初に今日は、美術館へと...

「 ヨンスさん  実は  僕はね  留学してた時でも  3回くらいしかここには来てなかったんだよ   」
「 今まで 美術品にはあんまり興味が無かったんだけど   」
「 僕にも  どうやら ヨンスさんのが  移ってしまったようだ    」

「 うフフフ   ホントに?   じゃ~  あやまらなくっちゃ  いけませんね   」   嬉しそうに笑いながら

入り口は正面と西側(ウエストウイング)の2つあって、電車で行くならば西側の方が便利なところだ。
広すぎもせずわりと落ち着いた感じで、見て回るには丁度いい大きさの美術館。常にボストン、及びボストン美術館を愛する人達に支えられてきたのが特徴の1つで、。オープン時には、35セントとか50セントとかの「貧者の一灯」が相次いだというのもうなずける。1981年には西側に日本美術を初め、アジア美術のセクションとして新館もオープンさせ、一層と面積が広くなった。さらに建物正面には馬に乗ったインディアンの銅像が建っていた。

「 館内の作品のほどんどは  人々からの貸し出しや  寄付によるものが多いんだよ    」
「 だから  作品の解説の所を見るとね  誰が寄付したのかが  よく解るようになっているんだ   」

「 ステキなはなしね   それこそ ほんとの芸術だわ   なかなか出来ないことだもの    」

「 ここはなんと言っても  見所は2Fの  Evans Wing  と呼ばれてる回廊なんだだよ   」

「 ヨーロッパの絵画が必見でさ、モネの”La Japonaise”(「日本衣装の女」)やら ”Water Lillies”(「睡蓮」)、ゴーギャンの大作 ”D'ou venons? Que sommes-nous? Ou allons-Nous?”(「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」)や、ルノワールの”Dance at Bugival”(「ブージヴァルの舞踏会」)などの絵は、知らない僕でも惹きつけられちゃうくらいだからね・・・  」

「 それから、かつて日本の岡倉天心という人が、ここで東洋美術研究をしていたとかで、日本絵画も充実しているんだよ。特に、浮世絵だとか、北斎、広重、歌麿の絵がまじかで見られるんだ。 ヨンスさんは浮世絵って興味ないのかな?  」

「 本で見たことはあるけど  なんか不思議な感じがしたわ  チョット  エロチックで   」  
館内の、天心園という日本庭園は絶賛の景観をみせていた。美術館の東洋美術部門における岡倉天心の功績を記念して作られたもののようで、例えば、浮世絵版画は7万点と、世界一の規模を誇ってて、陶磁器は6000点を数え、これは、古くからのボストンと日本との深い関係を象徴しているようだった。・・・二人はその状景を感心してみた。
ボストン美術館は日本美術のコレクションで有名で、日本刀なんかもたくさん展示してある。浮世絵も「名所江戸百景」がずいぶん集められていて、いちいち細かい解説がついている。「深川万年橋」の絵には、万年橋ブリッジの万年は、テンサウザンズイヤーズの意味で、橋の前景に亀が描かれているのは日本では亀はテンサウザンズイヤーズ生きる動物とされているからだ。
名古屋ボストン美術館が、名古屋市中区・金山総合駅のすぐ近くに1999年4月17日に開館しました。特色としては、ボストン美術館と姉妹館であること、ボストン美術館のコレクションの専用展示館であることです
西側入り口横には館内で一番大きいミュージアムショップがあって、記念品を売っていた。カレンダーやボストン美術館所蔵の美術品をモチーフにしたアクセサリー、スカーフなどが人気のようで、それぞれの箱の中には、そのアクセサリーやスカーフの基となった作品の説明も入れてくれ、館内の売店はファニエルホール・マーケットプレイス、コプレープレイスにもあるので、時間に余裕のない人はあせって買い物をする必要はないところなのだ。
ヨンスは食い入るように鑑賞した。。。
*ブージバルのダンス:「Dance at Bougival」 ピエール=A.ルノアール(1883)1882年より83年にかけての男女がダンスをする様子を描いたダンス3部作の1つで、「ブージバルのダンス」の後に描かれた他の2作品:「Dance in the City」と「Dance in the Country」はパリのオルセー美術館に所蔵されており、この作品の舞台となったブージバルは、パリ郊外にあるセーヌ川に面した小さな街で、青年時代のルノアールは仲間と踊ったり騒いだりを楽しんでいたらしい。モデルとなったのは、ルノアールの友人のロートとシュザンヌ=バラドン。シュザンヌは後に画家となって、ユトリロの母となることでも有名で、この絵のモデルとなった時は、わずか16才の若さで、 シュザンヌがかぶっている帽子の華やかな赤が、絵を見る者の視線をひきつけ、彼女の楽しそうな様子がさらに強調されていた。
:ヨンスには、2人の帽子、肩、ジュザンのドレスの裾・・・と多くの丸が効果的に使われていて、若い2人がダンスをしている躍動感が伝わってきた。 さらに奥の背景には、テーブルを囲んで談笑する人々が描かれていて、この絵がいっそう華やかになるように工夫がされていた。 テーマも色彩も鮮やかなこの作品は、見る者の心を健康的で楽しい気分にさせてくれるようだった。印象派の作品は、見えた物をそのまま描くのが特長なのだが、 ルノアールはこの絵の中に通常なら描かないような物までを、律儀に再現していた。ダンスをする2人の足下を見ると、何と煙草の吸い殻にゴミまでもが繊細に描かれていた! ・・・ヨンスは、感動していた。。。
*種をまく人:「The Sower」 ジャン=フランソワ=ミレー(1850)ミレーの友だちでボストン在住の画家でもあったウイリアム=ハントが、かなり早い時期にミレーの絵の価値に気付き、当時の、フランスでは一般的な絵の常識をくつがえし、どこにでもあるような農民の日常生活を描くミレーの絵に対して、あまり好意的ではなかった。。

創作続編 ・第26話-4
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  by raymirainya | 2008-12-17 12:48 | 創作続編26-5

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