カテゴリ:創作続編27-2( 1 )

 

いよいよ年の瀬

なのに、そんな気分が湧いてこない

古き時代のよき日本の風習、慣習と人情

最近は、ただめまぐるしいだけで、なんかしら、侘びしい気がする

テレビやらネットなど

その情報やら動向やらを、すべてマスメディアに牛耳られ洗脳されてる感じが、、

そして昨日を振り返り、今日を生き、明日を見てる

そういう私も、その一員

なにかが、ズレてる、おかしい、、、


2008年12月20日(土)・・・快晴・・・11℃~3℃

※創作ストーリー・続・美日々第25話~が有ったとしたら・・・第 2 7 話 『  予    兆   』

※それでは、創作続編 ・第25話・・・・・ 『 それぞれの思惑  』 にひきつづき

※        創作続編 ・第26話・・・・・ 『  感      激   』 

※        創作続編 ・第27話・・・・・ 『  予      兆   』 を、お届け致します。
・            Part ( 1 )・・・  《  ヨンスの・・・   無     情   》   


・Part ( 2 )・・・  《  ソンジェの・・・  魂 し い の 灯   》   

  僕 の  青 春 と 恋  っ  て・・・      

          敗れ散ったまま  ここまま  心が  燃えることもなく・・・

                生 き る っ て・・    こ と は・・・       

          愛 す る も の   守 り た い ものがなければ・・・

              そ れ が・・・  無 い の が   辛 く 侘 し い ・・・

              生 甲 斐・・・?    や り 甲 斐・・・?

          明るいあしたを求めて・・・  立ち向かって  乗り切っていくこと・・・   

      時には   急いだり  ゆったりしたり・・・  舟を漕いで  前に進んでいくかのように・・・

          だけど・・・   そのエネルギーは・・・    どこから湧いてくるのだろう・・・?

              僕に   そんな出会いが    訪れて来るのだろうか・・・

ソンジェの   自分探しの旅は   つづいていた...。

*京畿道(キョンギド)・ソウル(京城・漢城⇒「首爾」)をバイクで出てから ~天安(チョンアン)~忠清南道 (チュンチョンナムド) 慶尚北道(キョンサンプクド)・大田(テジョン)~・栄州(ヨンジュ)~慶尚北道(キョンサンプクド)・慶州(キョンジュ)~慶尚南道(キョンサンナムド)釜山(プサン)~と韓国の中央部を南東に突っ切りまるで韓国の中央部である馬の背骨部分をわたるかのように・・・、新羅(シラギ・シラ・、シンラ)王朝時代の首都だった慶尚北道(キョンサンプクド)・慶州(キョンジュ)と、現在ソウル(京城・漢城⇒「首爾」)に次いで第2の都市である港町、慶尚南道(キョンサンナムド)・釜山(プサン)までの旅は 終わった。。。

・           ソンジェにとって     生まれて始めての    自由気ままな独り旅だ...

後は 船で韓国最南端の島、1年を通して温暖な気候の火山離島のリゾートアイランド「済州島(チェジュド)」に渡って ~帰りは南岸部の海沿いを一気に駆け抜け・・・全羅南道(チョルラナムド)・木浦(モッポ)~全羅北道(チョルラプクド)~忠清南道 (チュンチョンナムド) ~、と、南の海岸線を通ってソウル(京城・漢城⇒「首爾」)に戻るという、おおよそ期間も何もかもが、すべからく当ての無い、行き当たりばったりの、何ものにも縛られない、思いつくがままに身を任せた気ままな流浪の旅を送るつもりであった。。。

要は韓国の歴史をつくった原点とも言える、何世紀も昔の百済(ペクチャ)・新羅(シラギ・シラ・、シンラ)時代・加羅(カラ)の地方の自然な風に当たり、人と出会って、新鮮なおいしい空気をいっぱい吸いながら、気ままにバイクで訪ね歩き、そこから自分自身の何らかを見出したかったのだ.....

...ソンジェには  そこで自分が抱えている 何かが見い出せ  発見でき 掴めるような気がしていた。。。

* いよいよ釜山 最後の日が 来てしまった。。。

約1ヶ月ほどの  大田(テジョン)・慶州(キョンジュ)・)釜山(プサン)  滞在だった。。。
お世話になった人たち 一人ひとりに・・・ 感謝の・・・  別れを告げ・・・・
釜山駅前の道  沿岸埠頭の
釜山港 沿岸旅客船ターミナルへと バイクを飛ばした。。。
ほどなくして  着いた

フェリーターミナルの 階段をのぼり  2階切符売り場に向った       
そこには警官が  この階段は  コヒョンへの乗船客が 乗船するための階段だった
乗客が  ずらりと並んでいた
警官は問題なく  そこを通してくれた
チャンスンポ行きの 乗り場は  ターミナルの 反対側から乗船してた
ターミナルの中は すでに  済州島行きの乗船客で ごった返していた
窓口に行った

釜山から     毎日フェリーが運航し     所要時間は  約 11時間  

・船名:オリエントスター2 =出発地釜山月・水・金出発時刻=19:30:00到着時刻6:00:00料金26,800~185,000ウォン

・船名:コジーアイランド/ヒョンデソルボン号=火・木・土出発時刻 19:30:00到着時刻6:00:00料金26,800~220,000ウォン
船名 :コジーアイランド /ヒョンデソルボン号
※特級室 2人室  220,000ウォン
※1等ベッド 2人室 130,000ウォン
2等ベッドA 家族 10人室 45,000ウォン
2等ベッドB 10人室 43,000ウォン
3等室A 40人室 34,000ウォン
3等室B 203人室 26,800ウォン

・日曜日を除く 一日おきの飛び石で 船名は振り分けられ

クレジットカードは 使えますか?   ・・・と  聞いた
「 シニョンカド 」   ・・・で  通じたようだ
ソンジェは  あえて 人の雑踏とした
コジーアイランド号  三等Bの26、800ウォン(2,680円)の  一番安い大部屋を希望した
満員だという
40人部屋    三等 Aはあるという
34、000ウオン(3,400円)   ・・・ OKだ

受付譲の彼女は コンピュータのキーを 叩いた
チョット心配だったが  きちんと34、000ウォンの 大部屋3等Aの予約は取れていた
「 ネイムカムバックプサン 」 と聞かれた (帰りの予約=往復)   ・・・  NOだ

ヒコーキより全然安い 宿代が 一泊分浮き しかも 船はガラガラだ
見るからに 登山客の 格好した人たちが   目についた
若い客も  中年も多い  家族連れも多い
プサンだけでなく 馬山や ソウルから  済州島に登山に来ていた
そんな乗船客が 週末を  済州島で 過ごす

馬山から来た 中年男性登山客組が フェリーで同席 済州島での登山を楽しむとか
相手もその分  フレンドリーになって ソンジェにとって  いい思い出となった
たわいもない話しをしながら いつしか  寝入った・・・
釜山から 夜行フェリーで なんと朝の6時に 上   陸だ

ここはハワイ?... 少し 異議あり・・・ 「 韓国のハワイ ? 」・・・?    いや済州島だ !!!!!

火山島で 温暖な気候
昔は韓国(朝鮮)とは 別の独立国だ ハワイとの共通点は多い...
う~む でも   ちょっと無理が・・・

ウラジオストックのことを 坂が多いというだけで 「東洋のサンフランシスコ」 ・・・といっていたロシア人達

海岸沿いの 比較的 高級ホテルのならぶ 大通りなので ワイキキっぽくなく
南の国らしい 木も 道の 両脇には 植えられ 空は真っ青!
美しい自然環境と  完璧に整備された 観光施設が
国内外から 観光客が訪れ 韓国最高の リゾートアイランドだ
国際的にも アジアを代表する リゾート地として
韓国で  新婚旅行の  メッカとして有名だ 

カジノ 免税店  ゴルフ場  海  グルメ(特に黒豚とあわびが有名)など    
観光客を引きつける 要素が 盛りだくさんだ
ギャンブルが有名で 大きな競馬場がある 済州島競馬公園(チェジュキョンマコンウォン)だ
多くの高級ホテル  きれいな海水浴場
「新羅ホテル」は 話題の映画 「シュリ」など ロケ地になったリゾ-ト・ホテル
オールインも チェジュドが 舞台だ
海岸に広がる奇岩怪石  ダイナミックな滝
島の中心には 漢拏山(ハルラサン)があって 山を同時に楽しめる
半島とは異なった 独特の文化も 済州の魅力だ

海はきれいだ 暑いのに 海で泳いでいる人が全然いないのも ハワイと違う(?)
島の南側の 西帰浦(ソギポ)の近くには 大リゾート・ホテルが立ち並び   
韓国本土や  日本から  金持ち観光客がやってきて    
海で泳ぐというより ゴルフや 乗馬をする
沖縄かなんかの  高級リゾートみたいだ
見方によっては まんざら韓国のハワイと  言えなくも無い...  

           ソンジェは 頭の中で  そんなことを考えていた

海産物屋のおっちゃんが 派手に客の呼び込みをやっている やっぱり韓国 !!!!!
済州島最大の町は済州(チェジュ) 海に面して プサン同様 海産物の料理屋が
韓国の その他の土地と違って 焼肉屋さんは  それほどない
それでも  全然おおい

太刀魚のスープが チェジュ名物だ   カルチグクといい
カルチ グイというのが 焼太刀魚で  「 カルチ 」が「 太刀魚 」
塩・コショーのスープに太刀魚を 10センチくらいにぶった切ったのが そのまま入っているだけ
単純明快な 文字どおり 「 太刀魚のスープ 」
どこの店も料理も 値段も似たりよったりで 客引きのおっちゃんに 声かけられた店に入ると
声かけてくれる店は  言葉のわからない外国人にも いろいろ世話をしていた

釜山同様 槽の中の魚を コレッ! ・・・と指差し
その場で 料理してもらった 美味い !!!

* ・・・泊まる事にした  旅館の目の前は 「 おお  オーシャン・ビュー!! ) だ !!!!

ソンジェは  宿屋の年老いた ハラボジ(おじいちゃん) ハルモニ(おばあちゃん)と

毎日のように  話をし  そして  聞かされた。。。

          しかし 不思議なほど 心穏やかに  時が過ごせ  話が聞けた...

          まるで本当の ハラボジ ハルモニ のような錯覚を覚えていた

・・・李朝時代 ここは 流刑の島だったという
今では 人口 52万人 南北 40km 東西 80km の縦長の島だ
別名  「三多三無の島」といわれ
三多とは 石と 風と 女性が 多いこと
この島の女性は働き者で 戸外にその姿を多く見かけるところから 三多のひとつになり
海女も  数万人はいる

三無とは  乞食と  泥棒と  門が  ないこと
現在は 外来客が多いため  鍵のある生活が普及したが 
昔は 逆に  外出中である事を  知らせる
門の 代わりに 対の石杭を置き 二~三本の 木の棒を渡して 合図にしていた
家の入り口に 牧場のように横に丸太がおいてあるだけで    
三本の横棒も 一本の場合は家の者が近所に  下の一本がない時は子供逹が近くに  
三本ともしまっている時は  家の者全員が  留守の印となっていた

農家の藁屋根は かっての日本海漁村のように  石が風よけに重しとしてつかわれ
台風に 飛ばされぬよう 藁縄の網で   しっかり押さえられ・・・
外敵に(倭冠など) 侵略されため 海上の船に発見されぬよう  
厨房の 煙突はなく 軒下の穴から 煙を出す工夫をしていた
世界には 無数のゴルフ場があるが  フェアウェイに  墓のあるのは済州島だけだ
島民の 祖先を 尊ぶ精神が  そうさせたのだ

歴史と生活習慣  年平均気温 15度  温暖な気候に  彩られ 
            今や韓国の 代表的な 観光地として  位置付けられた・・・

観光客を  見てみると
外国人観光客のうち  日本人がその3分の2を占め  
国内観光客の観光形態は 新婚旅行 ・修学旅行客が  増加傾向にある
多くの日本人 そして韓国の新婚旅行客を  ひきつけるこの島に
           コンセプトを決め 開発を進め・・・ 現在に至った
遥かなる昔 済州島は 独立国 「 耽羅 (タンラ)王国 」 だった
中国皇帝の使者が 不老長寿の妙薬を 探しにやってきた島として有名で
結局そんな薬はなく 諦めて 西に帰ったので 「 西帰浦(ソギポ) 」 という地名が 残っている

中国人が 蓬莱山(とこよのくに)と間違えるほど
この島は 神秘的な島で    
西海(東シナ海)の ど真ん中にあるので   
常に漢拏山(ハルラサン)には  雲がかかり  朝鮮雉が舞い イルカが 戯れる美しい島だ

しかし この弱小国は いつの日か  陸地(ユッチ・朝鮮本土)の属国となり 編入され
済州島は また 「 抵抗の島 」 で
高麗王朝が 元に 滅ぼされた際 高麗王朝の残党が 最後まで 抵抗したのがこの済州島
           これは済州島人が 望んだものでは・・・

朝鮮戦争の時は  もっと  悲惨で
済州島が 北朝鮮軍の ゲリラ活動を行っている  
支援していると 考えられ(もちろん済州島パルチザンはあったが・・・)
韓国軍による 虐殺事件(30万島民の内 8万人)が ・・・が起きた
まるで日本の 沖縄のような 歴史をたどった済州島は 独自の 文化を持っていた
言葉は 方言の域を出てしまうほど 違い それに伴い 文字も 若干違っていた
           その点では 韓国の一部とは  いえないかも・・・

他の地域と まったく違う経緯(中国にプレゼントされたことも)と 文化を持つ 地域が
平穏に 過ごせる  筈も・・・
当然のように 陸地の人から  差別され 
「 済州島は 言葉もしゃべれない 野蛮な島  」  
・・・がいつのまにか 「 怠け者 」 などといわれ 今でも 寄ると触ると 差別をして・・・

いったいどういうわけか 在日社会のほうが  圧倒的に 済州島を嫌い 馬鹿に・・・
開口 一番
「 それにしても 相変わらず 済州島は ダメだなぁ とにかくクズしかいない
あんな 馬鹿達と 同じ 韓国人と いわれたくない    」
・・・という旨の・・・
口先だけは 一丁前で 「 在日韓国人に  平等を! 」 などといって・・・
自分が 更なる弱者(マイノリティ)を  差別しておきながら とんでもないことで・・・

結婚でも この差別は続き 
「  済州島人 だから 」  ・・・という信じられない理由で  破局を迎えたカップルは かなり多い
見合いでも 「 済州島人以外 」 という条件を  よく耳に・・・
韓国人差別 ・学歴差別等を どう考えているのでしょう?
差別されることが 嫌なこと 理不尽なことだと 思わないのでしょうか?
公平に見て 民族(地域)差別 (済州島差別を含む)は 学歴差別以上に 理不尽だ

創作続編 ・第27話・・・・・ 『 予  兆  』-2
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  by raymirainya | 2008-12-20 12:09 | 創作続編27-2

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